録音などという技術がなかった時代、音楽は当然「再生」などという縛りも無く作られてきた。歴史を遡ればどこまでも行ってしまうが、パッと思いつくのは民謡だろうか。念のために話を西洋音楽に限定するが。ここで言う民謡とは今はもう残っていない大昔のものね。考古学的に音楽というものが残せるようになるのは当然楽譜というものが出来てからなのだが、最も古い楽譜的なものは9世紀あたりのネウマ譜と言われるもので、これはキリスト教のグレゴリオ聖歌を保存(?)するために用いられたもので、絶対的な音程は表現できず、歌詞の上に記号が書かれたもの。今で言う五線譜の楽譜が完成してきたのは意外と最近で、17世紀のバロック時代になる。ヴィバルディからバッハの時代。日本で言えば、関ヶ原の戦いが1600年だから、やっと江戸時代が始まる頃になるね。ピアノやフォルテの強弱記号やアレグロ、ラルゴなどの速度記号が出来てくるのはもう18~19世紀だから、モーツアルトやベートーベンの時代になる。クレッシェンドやデクレッシェンドをベートーベンが使い始めたのは有名な話。 話を戻して、グレゴリオ聖歌の時代、まあ残っているのは聖歌だから、さほど長い曲はなかった。記録として残っていない民謡も当然短いものだっただろう。しかし、楽譜というものが発達するにつれ、音楽はどんどん発展する。曲もどんどん長くなり、音楽芸術というものが確立されてくる。18、19世紀のオペラは省くとして、交響曲で比較してみると、ハイドン、モーツァルトの時代の交響曲は、一曲全体で25~35分程度だったが、ベートーベンの第九で60分を超え、後期ロマン派のブルックナーやマーラーになると90分を超えるような作品も出てきた。で、ここで録音というものが発明される。マーラーが死んだのが1911年。5分ばかりの再生時間だったが、SPレコード(蓄音機)が全盛を迎えるのが1920~1940年ごろ。5分ばかりの再生時間しか持たないSPレコードではマーラーの交響曲などとても聴けないと思われるかもしれないが、それでも人々はそれを欲した。十数枚組のSPレコードでマーラーの交響曲が録音発売され、もちろん非常に高価だったに違いないが、人々はそれを買うのを夢見、そして聴きたいと願った。5分ごとにレコードをひっくり返し、取り換え、90分もの間蓄音機の前にいすわり続けなければならないにもかかわらずだ。