芸術としての音楽の存在は、本来非常に危うい。 先にも書いたが、音楽というのはその瞬間瞬間で消え去っていくもの。その刹那の中での存在として、それが芸術となるから。だから人間は、その音楽を時間を越えるものにしたいと願い、「楽譜」というものを編み出した。楽譜というものが出来て初めて音楽はもう一度再現することが可能になった。その上で作曲家という人間が生まれ、作曲家は楽譜を書くようになった。しかし忘れてはならない。音楽というものは楽譜の中にあるのではなく、それはあくまで演奏を待たなければならない。ここで演奏家という人間が生まれる。やっかいなことに、演奏家によって、音楽に違いが生まれてしまう。ある演奏家が演奏すれば素晴らしい音楽になり、また違う演奏家が演奏すれば、どうでもよい音楽になったりする。さらにさらにやっかいなことに、同じ演奏家でも日によって素晴らしい演奏になったり大したことのない演奏になったりする。全く困ったもんだ。そんなことは絵画を観る時や文章を読む時には起こりえないこと。音楽は、本質的にそういう問題(?)を抱えている。しかし、だから面白い、楽しいともいえる。 本質的に時と共に消え去っていく音楽をなんとか留めようとして、人間はさらに録音という技術を創り出す。ここでまた新たなファクターが増えてしまう。「録音の質」だ。素晴らしい録音技師もいれば、そうでない人も当然いる。さあこれでいくつのハードルがあった? ①良い曲 ②良い演奏 ③良い録音 さて、これから一番肝心な最後の仕上げが始まる。 良い再生だ。